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東京高等裁判所 昭和34年(う)1884号 判決 1960年3月03日

控訴人 被告人 朴性[火華] 弁護人 堂野達也 外二名

検察官 岡崎格

検察官 高田正美

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役十月に処する。

ただし本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人から一億一千八百二十八万七千円を追徴する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意については、それぞれ弁護人ならびに検察官が差し出した各控訴趣意書の記載を、また検察官の控訴趣意に対する弁護人の答弁については、弁護人が差し出した「上申書」と題する昭和三四年一一月一〇日付書面の記載を各引用する。

弁護人の控訴趣意は、これを要するに、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるとし、原判示にかかるたばこの販売は、被告人が丸宮商事株式会社の使用人としてこれを取り扱つたもので、被告人自身がその販売当事者ではない、したがつて原判決が被告人に対し科した追徴は本来右会社に対しこれをしなければならないものである、と主張するほか、被告人が前記会社の使用人としてした原判示たばこの無指定販売については適法な告発がないから、訴訟条件を欠くものとして公訴を棄却すべきにかかわらず、原判決が有罪の判決をしたのは明らかに違法といわなければならない、というのであり、また検察官の控訴趣意は、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認および法令適用の誤があると言い、本件公訴にかかるたばこの販売は、すべて被告人がその主体であるにかかわらず、原判決が、右たばこ販売の主体はいわゆる都身連であつて被告人は右都身連からたばこの販売をまかされたに過ぎないから、その責任はあげて右都身連の理事長らが負うべきもので被告人には責任がないとし無罪を言い渡したのは、その前提において事実の誤認があるばかりでなく、仮に原審の認定事実を前提とする場合においても、被告人と都身連の理事長らとの間に共犯関係の成立が考えられるだけであつて、実行行為者としての被告人の罪責を免れしめるいわれのないことは、たばこ専売法七七条の規定からしても明白であるから、原審は法令の解釈適用をも誤つたものである、と主張するのである。

よつて案ずるに、本件公訴事実にあるとおり、昭和三一年一〇月一五日ごろから昭和三二年八月二三日ごろまでの間、被告人の手を通じて合計十六個所のパチンコ遊技場に対し、日本専売公社の製造たばこである「ピース」合計百五十八万七千百個、「いこい」合計九十八万七千八百個、「光」合計十二万八千七百個、「新生」合計三万四千八百個、「ホープ」合計二千個、「みどり」合計千個および「パール」合計千個が、代金合計一億一千八百二十八万七千円で販売されたこと、そのうち昭和三十二年八月五日以降の分「ピース」合計十三万五千個、「いこい」合計六万六千八百個、「光」合計一万一千七百個、「新生」合計三千六百個、「ホープ」合計八百個および「みどり」合計八百個(この代金合計九百三十万七千円)は、丸宮商事株式会社名義で納入されたものであるが、その余の分の納入は、すべて平和堂名義によつていたこと、ならびに被告人自身は、前記専売公社からその製造たばこの小売人たる指定を受けていなかつたことは、記録上明らかで争の余地はない。そしてさらに、記録によれば、右平和堂は東京都身体障害者団体連合会(略称都身連)が、その事務局の運営費に充てるため、昭和二六年一二月ごろ、法人格がないので、当時の理事長堺栄伍の個人名義で日本専売公社からその製造たばこの小売人の指定を受け、東京都庁内の一隅を借り受け、たばこの販売を始めた店の名称であつて、右堺が昭和二八年九月ごろ理事長辞任後も、名義の切替をなさず堺栄伍名義を使用してそのままたばこの販売を継続していたこと、ならびに被告人は中途から右平和堂の仕事に携わるようになり、その後昭和三〇年三月九日付で堺栄伍の使用人届を日本専売公社に提出し、引き続いて平和堂のたばこの仕入れ等に従事してきたことが認められる。ここで弁護人は、検察官の控訴趣意に対し、前述の被告人の手を経て平和堂名義でパチンコ遊技場にたばこが納入された分について、被告人は指定たばこ小売人堺栄伍すなわち都身連の使用人としてたばこの買受および販売の一切を任されていたものであるから、右販売の主体はあくまで都身連であつて被告人ではない、と主張し、原判決もまた、同様の理由により、右販売の主体は都身連であつて被告人でないとし、堺理事長辞任後の平和堂におけるたばこの販売は指定小売人でない者がしたことになるが、その責任はあげて堺栄伍以後の都身連の理事長が負うべきもので、被告人にはその責任がなく、無罪であるとしたのであるが、しかし、被告人の検察官に対する昭和三二年九月一三日付供述調書によれば、被告人は、「何か収入の道を得たいと思い、紹介されて都身連のたばこ販売店の仕事を手伝うことになつたが、それは、都身連の売店で売るものとしてたばこの配給を受け、これを自分で見つけたパチンコ店等に売り、この分の利潤を自分の収入とする狙いがあつたからであり、そこで自分で金を借り集めてたばこを買取りあちこちのパチンコ屋に納めたが、そのたばこはすべて都身連のたばこ買受帳を使つて買つたもので、これによる収入はもちろん自分の手に納めていた、なお平和堂の店売たばこの仕入代金は売上金の中から渡して貰つており、その売上は売子が毎日記帳し毎日利潤を計算し事務局長に渡しており、その店でのたばこの利益に関しては、自分は一切関係していなかつた」、というのであり、また堺栄伍の検察官に対する昭和三二年九月一一日付供述調書によれば、「都身連は何ら収益事業を持つていなかつたので、全然財源がなかつたため、都の民生局に頼んで地下食堂の一隅を無償で借り受け、たばこ小売店を開業することになつたが、都身連には法人格がなかつたので、当時理事長である自分名義で指定を受けた関係上、理事長辞任後は後任の理事長に対し速かに名義を書き換えるよう催促したが、その後再三の申入れにかかわらず、なかなか実現するにいたらなかつた」、というのであつて、これによると、都身連が販売の主体であると認めるべきは、都身連がその計算において仕入れならびに販売をしていたもの、換言すれば、みずから仕入資金を支出し販売の利潤はあげて自己に収入していた平和堂の店売りに関するものにかぎるのが相当であつて、被告人がみずから仕入資金を調達してその利潤はそのまま全部自己の手に納めていた本件公訴にかかるパチンコ遊技場に対する販売分については、当然被告人がその販売主体であると認むべきであり、この分についてまで被告人が都身連の使用人として販売を任されていたと認むべきではない。また堺栄伍の指定小売人名義の使用についても前述のように堺はその名義の性質上理事長辞任後は速かに後任理事長に名義を書き換えるよう督促していたのであつて、ただ事実上名義書換がなされるまで都身連のため従前どおり名義の使用を容認せざるを得ない立場にあつたとみられるにしても、被告人がその自己の計算において仕入れおよび販売に当つていた前記パチンコ遊技場に対する販売分についてまで堺の使用人としてその指定小売人名義の使用を承認していたとは、とうてい考えられない。被告人が当時自己の収入に帰属した利潤の中から若干(当審証人黒木武俊の供述によれば、年間三、四万円、後にその倍額ぐらいになつたという)寄付金として醵出していたこと、あるいは都身連が被告人に対し雇傭契約書を作成し、もしくは被告人のため堺栄伍の使用人届を専売公社に提出した事実があるにせよ、それらは何ら右認定に影響を及ぼすものでないし、仮に当時都身連の当局者が内々被告人の本件パチンコ遊技場に対するたばこ販売の事実を察知していたとしても、それでただちに前記認定を覆すことにもならない。以上説明したところにより、本件の平和堂名義でたばこを納入した分については、被告人がその販売主体であり、しかも被告人自身は指定小売人でないから、被告人に対し、公訴どおり有罪の認定をなすべき筋合であるにかかわらず、原審がこの部分について被告人を無罪としたのは、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認を犯したものといわなければならないことはいうまでもない。検察官の控訴は、爾余の点につき論ずるまでもなく、すでにこの点において理由があり、原判決は破棄を免れない。

次に丸宮商事株式会社の名義で納入された原判示にかかるたばこ販売分について、弁護人の控訴趣意の当否を考えると、被告人の原審公判廷における供述によれば、丸宮商事株式会社は、たばこの販売その他を営業目的として被告人が設立を企画したもので、それは当時被告人が都身連から平和堂を辞めてくれという話を受けており、被告人としては職を失うことになるので、別個にたばこ販売の店を開くことを考えた結果、みずから指定を受けるまで得意先をつないでおくため、丸宮商事の名前で納品を始めたわけであるというのであり、なお被告人自身はその会社の役職員として名をつらねてはいないが、それは第三国人の名を出すと対外的に具合が悪くなると心配したからである、と述べており、また原審公判廷における証人鈴木保男の供述によれば、同人は当時丸宮商事株式会社に勤務していたが、その会社の社長は宮原久江名義であるが、実際の仕事は被告人がやつていて、パチンコ店からたばこ代金を受け取ると、それは銀行の被告人名義の預金に入れていたことなどが認められ、これらと前にすでにあらわれた各証拠とを総合すれば、丸宮商事名義で納品した分についても、その実体は被告人が自己の計算において仕入れおよび販売をしたものというべく結局被告人を販売の主体と認むべきことは、平和堂名義で納入した場合と少しも変るところはないといわなければならない。この点に関し、当審において取り調べた証人宮原久江は被告人は丸宮商事の手伝人に過ぎず本件のたばこ買入資金も自分が出したものであるなどと述べているけれども、同人は別にたばこの指定小売人の名義も持つており、前述の各証拠に照らし同証言はにわかに信じがたく、また被告人も当審において原審の供述を変更しているがこれを採用しない。したがつて、この点について被告人に有罪の言渡をした原判決は正当であつて、何ら事実の誤認はない。なお、右原審が有罪と認定した事実について、被告人に対する適法な告発がないから訴訟条件を欠くとの弁護人の所論については、その理由として縷々詳述するところは、要するに、「記録添付の告発書の記載によれば、被告人ほか二名を嫌疑者とするけれども、同書面に記載されたたばこの無指定販売の事実については、単に駒沢文雄および黒木武俊の両名を告発しているに過ぎず、被告人に対しては告発の存しないことは明白である」という主張を前提としているように解されるのである。なるほど同告発書を一見すると文中」駒沢文雄、黒木武俊は昭和三十年八月頃より共謀の上これを平和堂店舗並にパチンコ遊技場に無指定で販売していたもので……」と記載されてあつて、それだけでは、あたかもたばこの無指定販売については、単に駒沢および黒木の両名の共謀にかかるものとしているに過ぎないように見えないわけではないけれども、もしこの点をとらえて、同告発書が被告人をも嫌疑者としながら、右は単に前記両名を告発したにとどまると解したとするならば、それは全く誤つた皮相の見方といわなければならないのであつて、同告発書を仔細に点検すれば、その冒頭に朴性[火華]を筆頭として次に駒沢および黒木の氏名を各列記したうえ、「右の者のたばこ専売法違反嫌疑事件について調査の結果は左の通りであります」と記し、次いで「第一事実」と標記し「嫌疑者宮原栄一こと朴性[火華]並に東京都身体障害者団体連合会理事長駒沢文雄、同事務局長黒木武俊の参名は日本専売公社の指定したたばこ小売人でないのに……」と事実の叙述を続けているのであつて、その体裁から言つても、またその内容から見ても、被告人と駒沢および黒木とが共謀のうえたばこの無指定販売をしたとして右三名を告発する趣旨に出たことは歴然である。すなわち右告発書は、前記「駒沢文雄、黒木武俊は……共謀の上」とある部分について、被告人の氏名をも併記すべきを書き誤つてこれを遺脱したか、もしくはそうでなければ文拙くしてその旨意について読者の誤解を招いたものと解しなければならないのであつて、このことは記録中右告発書の次に編綴された岡舜太郎作成の上申書による告発人の釈明ならびに当審公判廷における右岡証人の供述によつても明らかである。これを要するに原判示事実について適法な告発が存することは前記告発書により認められ疑をいれる余地なく、訴訟条件欠缺の抗弁はいわれがない。したがつて本件被告人の控訴はその理由がないといわなければならない。

よつて検察官の控訴を理由ありと認め、刑事訴訟法三九七条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書にしたがいただちに自判することとする。

(犯罪事実)

被告人は、日本専売公社の指定したたばこ小売人でないのに、たばこ販売により不法に利を得ようと企て、単一意思の下に、昭和三一年一〇月一五日ごろから同三二年八月二三日ごろまでの間、東京都中央区銀座八丁目九番地の九パチンコ遊技場「銀座モナコ」ほか十五個所の同種店舗において右「銀座モナコ」支配人柄沢篁ほか十五名に対し、前記公社の製造たばこ「ピース」合計百五十八万七千百個、「いこい」合計九十八万七千八百個、「光」合計十二万八千七百個、「新生」合計三万四千八百個、「ホープ」合計二千個、「みどり」合計千個、「パール」合計千個を代金合計一億一千八百二十八万七千円で販売したものである。

<証拠説明省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は、たばこ専売法二九条二項、七一条五号に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期範囲内で被告人を懲役十月に処し、被告人が本件犯行に際し冒用した指定小売人名義のいわば所有者たる都身連と被告人との関係、本件が専売公社から告発されるにいたつた経緯、後に述べるように一般刑法上の追徴と異り懲罰的性質を有つと解されている本件追徴金額がきわめて莫大な数額に達する点など記録上うかがわれる諸般の情状を斟酌して刑法二五条一項を適用し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、本件犯罪にかかるたばこは没収することができないので、たばこ専売法七五条二項によりその価額一億一千八百二十八万七千円を被告人から追徴し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文にしたがい全部被告人の負担とする。

(裁判長判事 兼平慶之助 判事 足立進 判事 関谷六郎)

検察官岡崎格の控訴趣意

原判決には事実の認定及び法令の適用に誤りがあつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明白である。

原審は、「被告人は日本専売公社の指定したたばこ小売人でないのに、たばこ販売により利を得んことを企て、その単一意思の下に、昭和三十一年十月十五日から同三十二年八月二十二日までの間、東京都中央区銀座八丁目九番地の九遊技場銀座モナコ外十三ケ所において、同遊技場支配人柄沢篁外十五名に対し、前記公社の売り渡した製造たばこピース合計百五十八万七千百個、いこい合計九十八万七千八百個、光合計十二万八千七百個、新生合計三万四千八百個、ホープ合計二千個、みどり合計千個、パール合計千個を代金合計一億一千八百二十八万七千円で販売したものである」との公訴事実に対し、罪となるべき事実として右公訴事実の一部である「被告人が日本専売公社から指定を受けた製造たばこの小売人でないのに、単一意思の下に昭和三十二年八月五日頃から同月二十三日頃までの間、東京都中央区銀座西八丁目九番地の九パチンコ遊技場奥村産業株式会社外九ケ所において、同遊技場支配人柄沢篁外九名に対し、日本専売公社の製造たばこピース合計十三万五千個、いこい合計六万六千八百個、光合計一万一千七百個、新生合計三千六百個、ホープ合計八百個及びみどり合計八百個を代金合計九百三十万七千円で販売した」旨の事実を認定し、その余の部分すなわち、「被告人が日本専売公社の指定したたばこ小売人でないのに、単一の意思の下に、昭和三十一年十月十五日頃から同三十二年八月一日までの間、東京都中央区銀座西八丁目九番地の九遊技場銀座モナコ外十三ケ所において、同遊技場支配人柄沢篁外十三名に対し、公社の売り渡した製造たばこピース合計百四十五万二千百個、いこい合計九十二万千個、光合計十一万七千個、新生合計三万千二百個、ホープ合計千二百個、みどり合計二百個及びパール合計千個を代金合計一億八百九十八万円で販売した」との点については、判決理由中において、右販売事実自体は証拠により明白であるとしながら無罪とし、検察官の公訴事実全部につき懲役十月罰金三十万円及び法定追徴一億一千八百二十八万七千円の求刑に対し、被告人を懲役十月(二年間執行猶予)に処し、被告人から金九百三十万七千円を追徴する旨の言渡をした。右無罪理由の要旨は、「東京都身体障害者団体連合会(以下都身連という)の理事長堺栄伍は都身連のためにたばこ小売人の指定を受けたい考えであつたが都身連に法人格がなかつたので昭和二十六年十二月十一日頃堺栄伍個人名義でたばこ小売人の指定を受けて東京都庁内において平和堂という名称でたばこの販売を始めたこと、堺栄伍は昭和二十八年九月頃都身連の理事長を辞任したが、その後の都身連の歴代理事長、事務局長等はたばこ小売人の名義切替えをなさず、平和堂はそのままたばこの販売を継続していたこと、その間被告人は都身連の許しを得て従来平和堂におけるたばこ販売の仕事をしていた松原純一からこれを受けつぎ昭和三十年三月九日附で堺栄伍の使用人届を日本専売公社に提出し平和堂の経営に当つていたこと、各理事長、事務局長等はいずれも平和堂におけるたばこの販売に関する行為一切を前記松原純一に、続いて被告人にまかせていたもので、殊に昭和三十一年一月五日附をもつて当時の理事長駒沢文雄は被告人との間に雇用契約を結んでこの点を明らかにしていることが窺い知られるので、昭和二十八年九月頃堺栄伍が都身連の理事長を辞任してから後の平和堂におけるたばこの販売は日本専売公社の指定を受けた製造たばこの小売人でない者が公社の製造たばこを販売したものというべく、その販売の主体は都身連であつて、被告人は都身連から(本件の)たばこ販売をまかされたにすぎないものであるから結局その責任はあげて堺栄伍以後の都身連の理事長等が負うべきもので、被告人にその責任はなく、無罪である」というのである。右判決の無罪理由には次の二点において判決に影響を及ぼすことの明らかな誤りがあると信ずる。

第一、事実の誤認がある。

平和堂におけるたばこ販売の主体は都身連であつて被告人は都身連からたばこ販売をまかされたにすぎないとの原審の判示は事実を誤認したものであつて、本件公訴事実における被告人のたばこ販売行為については、原審認定の有罪部分のみならず、無罪部分をも通じて、すべて被告人がその主体となつていたものである。原審の証拠により、被告人のたばこ販売行為全体と都身連の経営する平和堂におけるたばこ販売行為との関係を検討すると、都身連理事長堺栄伍が同人の名義で小売人の指定を受けて都身連のために平和堂の名称でたばこ販売を始め、その後理事長、事務局長等が交替してからも名義の切替えをせずに販売を継続し、被告人が松原純一の後を受けて、この販売に従事するに到つた外形的推移はおおむね原判示のとおりであるけれども、(一) 被告人の検察官に対する昭和三十二年九月十三日附供述調書(二通)中、「私は昭和二十九年春頃収入の途を得たいと考え、都身連事業部の仕事を手伝つていた松原鈍一から当時の藤井事務局長に紹介され都身連事業部に入り、都身連の経営していた都議事堂地下の売店を手伝うようになり、その後は売店に保管してあるたばこ買受帳により専売公社芝出張所からたばこを買つて来ていた。私が都身連のたばこ売店の仕事を手伝わせて貰うことにしたのは、都身連の売店で売るものとしてたばこの配給を受け、これを自分で見つけたパチンコ店等に売つてこの分の利潤を自分の収入とする狙いがあつたからである。私は自分で金を借り集めて、たばこを買い取り、これをあちこちのパチンコ屋に納めたが、そのたばこはすべて都身連のたばこ買受帳を使つて芝出張所から買つたもので、勿論これによる収入は私の手に納めていた。私は他のパチンコ店等に自分で沢山のたばこを売つていることはひたかくしにかくしていた。平和堂で仕入れるたばこの代金は売上金の中から渡して貰つていた。平和堂の売上げは売子が毎日記帳し、毎月の利潤を計算して黒木局長に渡しており、平和堂でのたばこの利益に関しては私は関係していなかつた。たばこ販売による所得税は私の名で申告納税していた。三十一年中も三十二年にも黒木局長から二、三回にわたりたばこ買受帳を見せろといわれたが、その都度うやむやに済ませて見せていない。」旨の供述記載(三八五丁表以下)(二) 被告人の第六回公判期日における、「パチンコ屋等へたばこを納めるときは、本件が事件になる前十日間位は丸宮商事の納品書を出したと思うが、それまでは全部平和堂の名義で納めた。丸宮商事というのは私が設立を企画し、たばこの販売等を営業目的として三十二年八月の六日か七日頃設立登記をする予定であつた。丸宮商事は指定小売人ではないから丸宮商事の名義でたばこを納めた分については、まずいことをしたと思つている」旨の供述(三二五丁裏以下)(三) 被告人の第十回公判期日における「丸宮商事として売つたたばこは、もともと平和堂で仕入れたものである」旨の供述(四四〇丁裏)(四) 日本専売公社芝支局長作成の「たばこ買受について」と題する書面添付の調査表(二七丁・二八丁)によると、堺栄伍名義によるたばこ買受量は、本件公訴事実の犯行期間にほぼ該る昭和三十一年十月から同三十二年八月までの分だけでも代金約一憶六千七百万円相当の多量になつていること。(五) 都庁地下売店営業報告十八枚(原審証一号)によると、平和堂店舗におけるたばこ売上高は、昭和三十一年一月から同三十二年七月までの間の各月につき、最低九万三千五百六十円(三十二年一月分)から最高十九万二千二百八十円(三十二年七月分)の少額であり、その利益も最低七千四百八十円から最高一万五千三百八十二円にすぎないこと。(六) 原判決が有罪部分及び無罪部分の合計一憶一千八百二十八万七千円の全販売事実につき挙示した柄沢篁、崔栄煥、斉藤茂、固本忠一、王金童、鄭守石、南弘、白石アサ、日上昇一、金京洙、須々木かね、須々木花子、金鶴鎮、石井喜一、裴善[金甲]、金永万、許弼[王崔]の各司法警察員に対する供述調書(八八丁表以下)によると、本件起訴分の十六名に対する販売はいずれもパチンコ遊技店に対する持込み販売であること。(七) 丸宮商事株式会社納品書帳(原審証三号)同納品帳(同四号)及び原審が有罪部分の販売事実につき挙示した柄沢篁、斉藤茂、固本忠一、白石アサ、日上昇一、金京洙、須々木花子、金鶴鎮、金永万、許弼[王崔]の各司法警察員に対する供述調書(各前示のもの)によると、被告人は右柄沢篁等のパチンコ店に対し、昭和三十二年八月五日頃以降においては、従来の平和堂名義に代えて、丸宮商事株式会社名義をもつてたばこを納入しており、これが原審の認定した有罪部分の販売事実に該ること。(八) 堺栄伍の検察官に対する供述調書中「私は昭和二十六年五月頃から都身連の理事長であつたが、都身連は何ら収益事業を持つておらず、全然財源がなかつたため、都庁民生局に頼んで都会議事堂の地下食堂の一隅を無償で借り受け、たばこ小売店を開業することになつた。その運営一切は都身連事務局があたることにしたが、その売上収入は唯一の財源として都身連の会計に繰り入れることになつていた」旨の供述記載(三三丁表以下)(九) 駒沢文雄の検察官に対する供述調書中「三十年八月関博の後を受け理事長に就任した当時、前任者から、平和堂の売店の収益は事務局運営費に充当する、売店の管理は事務局長がこれに当るとの申継ぎを受けた。その後事務局長から売店の収益について報告を受けていたが、売子の給料を支払つた残は月額四、五千円の収入で、この益金の支出については事務局の交通費等として局長からの支払要求を承認していた。売店には宮原栄一(被告人)、宮原秀子の両名がいたが、宮原栄一を辞めさせるべく方法を考え、一年間を限つて雇用の形をとり、その期間満了時において辞めて貰うこととし、昭和三十一年一月五日付で雇用契約書を作つた」旨の供述記載(四〇丁表以下)(十) 証人藤井正元の、「私は二十八年八月から三十年七月まで都身連事務局長をしていたが、就任の際、前任の事務局長玉井理章から平和堂の引継ぎを受けた。売店の直接の責任者は事業部員の松原であつたが、事務局長が統轄しており、松原から月報を提出させていた。平和堂の売上げは女店員が保管していた。その後被告人が都身連の無報酬の事業部員になつた。被告人が堺栄伍名義でたばこを仕入れ、それを平和堂で売らないでパチンコ店等へ持つて行つて売り、その利益を自分でとつていた事実は知らなかつた。平和堂のたばこの小売は都身連の事業であり、名義だけを貸して被告人が個人の利益を得るために商売することは許していなかつた」旨の供述(二三一丁表以下)(十一) 証人黒木武俊の「三十年八月から都身連の事務局長をしている。都身連の会計は平和堂の分だけは特別会計になつており、その内容は都庁地下食堂営業報告(前示原審証一号)に記載のとおりであつて、店の収益は都身連の諸費用にあてていた。三十年十一月頃パチンコ屋にたばこを売つているのではないかとの風評を聞き、被告人にその話をしたが答えなかつた。その際被告人に対して売店の経営に従事するのをやめてくれと話した。三十一年一月五日頃被告人との間で雇用契約書を作り期限を切つた。期限が近ずいた頃被告人に対してやめてくれと話をしたが、期限が来てもやめなかつた。その後も同人がパチンコ屋にたばこを売つているという噂を聞いた。被告人に対して売店の専売公社に対する買受帳を見せてくれといつたが見せてくれなかつた。被告人のパチンコ屋への横流しを確かめるつもりで売上状況を何回か調査したことがあるが全然わからなかつた。パチンコ屋に売ることについては特殊団体がそのようなことをすると他から疑惑を持たれると思つて心配していた」旨の供述(二七四丁表以下)(十二) 宮原秀子の検察官に対する昭和三十二年九月十三日附供述調書中、「二十七年十一月頃から三十一年六、七月頃までの間、平和堂の売子として働いた。平和堂で売るたばこは必要の都度松原純一が店にあつたたばこ買受帳を持つて配給を受けに行つたが、この金は売上金の中から出していた。毎日の売上げは私が売上帳に記載し、売上金は手提金庫の中に入れ、松原がたばこの配給の仕入金を持つて行く外は月末まで保管していた。毎日の売上帳に基いて各月の営業成績報告書を作り、松原に渡していた。宮原栄一(被告人)が松原に代つたが、その後は私の給料は藤井事務局長、黒木事務局長から渡されていた。売上金の保管状況は以前のとおりだが、月末に、それまでにたばこ仕入金を宮原に渡した残りの全部を事務局長に届ける点が変つた」旨の供述記載(五二丁表以下)(十三) 三船裕子の検察官に対する昭和三十二年九月十二日附供述調書中の、「私は三十一年八月十八日から平和堂の売子として勤務している。たばこの仕入は宮原(被告人)に注文して週一、二回買つて来て貰い、この代金は宮原がたばこを届けてくれたとき私が保管している売上金の中から支払つている。月末には売上帳に基いて利益金を計算して営業報告書を作成し、利益金を添えて翌月初に黒木事務局長に渡していた。給料は売上金から七千円を別にしておき、黒木の指示で受けとつていた。たばこ買受帳を見たことはない」旨の供述記載(六〇丁表以下)を綜合すれば、被告人は自己がたばこ販売により利益を得ようとの考えから都身連の事業部員となり、都身連が堺栄伍名義で営んでいる平和堂の経営を手伝つていた期間中において、堺栄伍のたばこ買受帳を利用して大量に製造たばこを仕入れ、その一部を平和堂の店売り用に廻した外は全部自己においてパチンコ店等に販売してその利益を自己に取得していたことが認められる。平和堂の店舗におけるたばこの販売は仕入資金の面においても売上金の保管処分の面においても明らかに都身連事務局長の管理の下にあるが、本件公訴事実を含めて被告人が他へ販売した分はこれと異なり、被告人が自らのために、自己において買受資金を調達し、売上金を処分し、しかも都身連にはこのことを秘匿していた別個の販売事実であり、都身連のための販売ではない。都身連が被告人にまかせたのは、平和堂の営業報告に記載されるべき、都身連のための販売行為のみであつて、被告人の自己のためにする販売までも許していたのではない。昭和三十一年一月五日附の雇用契約書は、駒沢理事長、黒木事務局長が被告人を平和堂から辞めさせるための方法として作成したもので、これをもつて都身連が被告人に本件販売をも含む一切をまかせていたものとはなしがたい。結局被告人の本件販売行為は都身連の意思に因らないものであり、その販売の主体は被告人に外ならない。原審は被告人が丸宮商事株式会社名義をもつてパチンコ店に納人販売した部分のみを有罪と認め、それ以前の平和堂名義による販売については無罪としたけれども、被告人が都身連の意思に基かず、自己のために、その計算において、単に堺栄伍名義を利用して製造たばこを買い受けこれを販売していた点において、右二つの販売行為の間には何らの差異はないのである。結局原審は本件販売行為の主体を見誤り、その結果公訴事実の大部分について被告人を無罪としたものであるから原判決は破棄を免れない。

第二、法令の適用の誤がある。

原判決はたばこ専売法及び刑法の解釈適用を誤つたものである。原審は堺栄伍が理事長を辞任してから後の平和堂におけるたばこの販売は日本専売公社から指定を受けた製造たばこの小売人でない者が公社の製造たばこを販売したものというべきであるとしているが、その限りにおいては右判決のいうところは正当であり、従つて本事案については平和堂の店舗における分を含む全部の販売を対象として被告人及び駒沢文雄、黒木武俊の三名に対し告発がなされ(告発書二五〇丁表ないし二六三丁表)ただその事案の実質的関係に着目して、平和堂の店舗における販売以外の販売行為につき被告人に対し公訴が提起された次第である。ところが原判決は平和堂におけるたばこ販売の主体は都身連であり、被告人は都身連からたばこ販売をまかされたにすぎないものであるから結局その責任はあげて堺栄伍以後の理事長等が負うべきもので、被告人にその責任はなく無罪であるとしているのであつて、その前提において事実の誤認があることはすでに述べたとおりであるが、その責任はあげて都身連の理事長等が負うべく被告人に責任はないとの判決理由の意とするところは理解し難い。たばこ専売法第二十九条第二項に違反した罪即ち第七十一条第五号の罪は公社の指定した製造たばこの小売人でない者が製造たばこの販売をすることによつて成立するものであるから、仮に原審の認定事実を前提とする場合においても、被告人と都身連理事長、事務局長等との間において共犯関係の成立が考えられるだけであつて、実行行為者としての被告人の罪責を免れしめるいわれはないことは同法第七十七条の規定からしても明白である。結局原審は法令の解釈適用を誤つて被告人を無罪としたのであるから原審判決はこの点においても破棄を免れない。

叙上の理由により原判決は破棄されるべきものと思料し控訴を申し立てた次第である。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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